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藹々?


雪村八角。

高二。

一つ上の姉と、父親の違う年の離れた兄がいる。

雪のように白い肌。
サラサラの金髪。
整った目鼻立ちとすらりと伸びた脚。


彼氏の一人や二人いそうなものだが、そんなことはなく募集中でもない。


彼女は男嫌いなのだ。


しかし私立ポップン学園高等部の男子の間では、その男嫌いの八角を振り向かせることが一種のステータスになるらしい。
そのため毎日告白に来る男子が後をたたない。

多いときには一日に十人以上。
彼女にしてみればいい迷惑である。


男子だけでなく、同性にもモテるらしい。
特に髪の毛がピンク色の女子。

「八角ー、ねぇカラオケいかない?」
「ミルク一人で行けば」
「えー連れないなぁ」


ピンク髪その一。

月森真白は19歳。
ミルクというのはあだ名で、髪の色と同様に頭の中まで桃色なツララの友達。
彼女に大変気に入られてしまい、初めて会ったその日から下校中にこのように絡まれる。
今日は八角が不注意で左まぶたを切ってしまい、眼帯装備で視界不良のため不機嫌度が大幅にアップしていのも構わずに。



「ミルクさん離れてください、お姉様が嫌がってるじゃないですか」


ピンク髪その二。

北大路 菫(スミレ)はポップン学園の中等部に通う14歳。
本人曰く宇宙人。
北大路というのは偽名らしいが真実のほどは確かではない。
自称大悪党で、八角がいつものようにミルクを数々のレトリック(?)でうっちゃってきた様を見て心底惚れ込んだようである。
憧れの意を込めて「お姉様」なんて呼ぶもんだから、くすぐったいったらありゃしない。


「嫌がってないもんね、八角v」

「嫌ですよね、お姉様?」

「何よ、中学生のくせに」

「関係ないでしょッ」


また始まった。

「はぁ……」



いつもこうやって二人で喧嘩を始めるのだ。
大人気ないとか思わないのだろうか。



「………はっ」
「………はっ」

ミルクとスミレが気付いたころにはもう手遅れだった。

「逃げられた……!」

「あぁ、お姉様…『悪』です……v」


*   *   *   *   *


二人から逃げることができたものの、家に帰ったら帰ったで次の悩みが待ち構えていた。


「ただいま」

「おかえり八角」

兄の父……といえば解ってもらえるだろうか。
名前はヴィルヘルムと言ったか、フルネームは長すぎて忘れてしまった。
もとより覚える気もない。

「……そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでくれたまへ (´・ω・`)」

要は母親の前の男である。
どういうわけか先月ひょっこり現れて、今はツララと八角の住む部屋に住み着いている。

「いつ出てくの?」

「や……もう少し……」

「ふーん……」

本当なら家に入れるのも嫌なのである。
しかし他ならぬ姉の頼みで渋々承諾してやったのをいいことに、まるで我が家のようにくつろいでいるのが気に食わない。

「ところで……左目はどうしたのかな」

鈍感(だと八角は思っている)な彼も流石に気付いたらしい。
心配そうな、悪く言えば情けない顔をしている。

「怪我したの」

「えぇぇぇえ」

慌てふためくヴィルヘルム。
本当に大人なのかアンタ。

「別に……眼球は傷ついてないから」

「そうか、良かった (つд`)」



「どれどれ見せてごらん」

「……はい」

また情けない顔をされるのも嫌なので、仕方なく、眼帯を外しガーゼも取る。
よく見ようとヴィルヘルムはこれでもかというほど寄ってきた。
顔がもの凄く近い。

「あ、なんだ瞼か……いやいや結構深いね、痕が残るかもしれない(´・ω・`)」

「保健の先生にも言われた……」

顔に傷が残るというのは女の子にとっては致命的なこと。
しかし八角本人は気にしていない。
すでに手首には何本もの痕が走っているからか。
(でもちょっと顔と手首でニュアンスが違うぞ)

ヴィルヘルムは顎に手を当てて、某少年探偵のように考え込んでいる。
そしてポン、と手を叩いて「ふむ……ちょっと失礼」と八角の左瞼の傷に手をかざした。


みよみよみよみよ〜ん

「?」

手をかざされたあたりが温かい。

「はい終わり。完璧に治すと怪しまれるから痕が残らないようにしたよ」

「え……」

「女の子だからね」

八角の頭をぽんぽんとするヴィルヘルムはにこやかに微笑み、八角の頬は柄にもなく少し赤らんでしまっていた。


*   *   *   *   *


左まぶたの傷は痕も残らず綺麗に完治したころ。
今日もピンク頭二人組をかいくぐり、帰宅した八角。

「ただいま」


しーん。

いつもの情けない声がしない。
声の主の仕事は夜だけなので、普段のこの時間は家にいるはず。
出掛けているのだろうか。
気怠い足取りでリビングダイニングへ向かうと、食事用テーブルの上にパチンコ店の広告の裏を使った手紙が置かれていた。

「『野暮用でちょっとドイツに帰ります。寂しいと思うけど二人で仲良く過ごすんだよ。 Wilhelm』……英語…しかも微妙にスペル間違えてるし」

日本語でも書いてみたようだが失敗したらしく、くしゃくしゃに丸められた広告が二つ、ごみ箱に入っていた。
まるで親のような文面に腹が立ちつつも、とにかくこれでやっと姉との二人暮しに戻れた。
喜ばしいことである。



「え、ヴィルヘルムさん帰っちゃったの?」

姉が素っ頓狂な声をあげた。
彼女は母親の前の男がどうのとか、そんなことは気にしていないらしい。
誰とでも分け隔てなく接することが出来るのは良いことだとは思うし、そういうところも含めて好きなのだが、少しは気にしてほしい。
以前聞いてみたら「だって兄さんの本当のお父さんでしょ」と返ってきた。
それはまぁそうだけれども。


それから数日は、あっという間に過ぎた。
ヴィルヘルムのいない生活はつつがなく進行していった。
この場に彼がいたら「そりゃないよ」と漏らすに違いない。


「ただいま」

ただいま、というのはただの習慣であって、家に誰もいないと判っていても自然と口に出してしまう言葉だ。


「でもやっぱり誰もいないのに言うのも何だか……」

アレよねぇ。
ぽつりと呟く独り言。

靴をしまおうと屈む。


「おかえり」

上から聞き覚えのある声が降ってきた。
油の切れたブリキのおもちゃのようにギギギ……と頭を上げる。

「な……っ」

見覚えのある人がにこやかな笑顔をたたえてそびえ立っていた。


昨日の深夜、日本に到着しホテルに泊まってから、こちらに向かう前に電話しようと思った。
が、内緒にしておいた方が面白そうだという結論にたどり着いた。
曰く、俺なりのサプライズと何処かのK-1選手と同じ理屈らしい。

しかもよりによって今日。

「不法進入」

「ツララから合い鍵をもらってね」

「あー……っそう」

凶々しい紫とも黒とも取れる不機嫌オーラを立ち上らせている。
よほどの鈍感じゃない限り、気付かない訳がない。

「ところで、ツララは?」

ヴィルヘルムさん地雷を踏みました。
御愁傷様です。


「今日はDes-ROW組の家に泊まり」

「連れ込みかね? 少年も成長したなぁ」


二発目。



「ミサキさんの部屋に泊まるのよ」

「それは失礼……ってことは今日は八角と二人っきりだねぇ」


三発目。



それでもヴィルヘルムは気にせず続ける。

「あ、お風呂沸いてるから。先に入ってきなさい。夕飯は私が作るから」

「え……あ、あぁ」

どうやら四発目は踏まずに済んだようである。
同時に八角の気を逸らすことにも成功。
これがオトナというヤツか。
本人は意識していないようだが。



風呂からあがると美味しそうな匂いがキッチンから漂ってくる。
髪を乾かし部屋着に着替えてリビングダイニングに向かうと彼の鼻歌が聞こえてきた。

「……バッハ?」

日本の夕飯時に流れるプログレッシブな旋律(笑)


……そして数分後。


「さあ遠慮せずに食べるといい、それともロールキャベツは嫌いかな」

「そんなことない……」


テーブルにはトマトベースのスープで煮込んだロールキャベツとサラダ。
もちろんドイツ土産のソーセージもあった。

なんなのでしょうか、このプロ級の腕前は。


(普通に美味しそうなんですけど……)


「ロールキャベツ美味しいよ? ちゃんとイチから作ったんだ」

そんなにロールキャベツが好きかカニパン魔人。

「あぁ、でもロールキャベツよりこのソーセージ食べて欲しいな」

「なんで?」



「故郷の味だからさ」



まるで里帰りした先の祖父母に似ている。

やたらと地元のものを食べさせたがるアレだ。
しかも量が半端ない。
お前これは明らかに茹で過ぎだろう。

二人しかいないのに。



「ビールもあるよ」

「飲めない」


「あれ? 17歳じゃなかったっけ?」



「日本では……」


20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。



「残念でした」


勝ち誇ったような顔をした八角は黙々と夕飯を食べ始めた。



もちろん小声で「いただきます」と言ったあとに。





おわる



あとがき
打ち解けるにはまだまだ時間が掛かるようです。
ヴィルヘルムが父親とか、恐らくここだけじゃないでしょうかね。
この二人はカップリングというよりもコンビ?


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